オリオン座を望む
- kawakami014
- 2025年12月3日
- 読了時間: 2分
「ベテルギウスが爆発するぞ」と誰かが言った。真に受けた私は、息子にそれを伝えた。すると彼もまた真に受けて、それから暫く、オリオン座を眺めるようになった。そのベテルギウスはオリオンの右肩にある。
ある夜、「なぁ、いつになったら爆発するん」と息子が呟いた。
「アホやな、10万年後や」
「なんや皆んな死んだあとかいな」
そうかも知れん、と一瞬ばかり私も考えた。考えはしたのだが、その応えは違ったものになって声に出た。
「いや、明日かも知れんぞ」
小さな彼の目が輝いた。星のように。
「期待しとるんか」
「さぁな」
素っ気のない男の子の反応だった。
「太陽が爆発してみ、お前かて困るやろ」
「さぁな」
そうなのだ、今の彼にとっては、今日でも明日でも、それが10年先のことであっても、さして違いはないのだろう。
「心配なんか、せんでええ」
そんな私の返しを聞いてか、意外だ、と言いたげな顔がこちらを向いた。
その顔に、心配すんな、ともう一度だけ投げかけた。
どちらにせよ、今、私たちが見ているベテルギウスは、640年前の姿形なのだ。それはつまり、その星は既になくなっていることだってあり得る。誰にも知られず、そっと死んでしまうこともある。ギリシア神話には、オリオンが死んだ訳は書かれていない。星座になった由来はあっても。
夜の闇は増し、気温は下がった。
息子は、おぉさぶ、と身震いをして、家の中へ引き返して行った。
かくして独り残され私を、オリオンが見下ろしていた。
この半年、私は幾つかの災難に見舞われた。それはまだ継続中のこともある。会社のこと、家族のこと、自分自身のこと。取るに足らないものもあれば、取るに十分過ぎるものもあった。
そして思うのだ、子どもたちには、明日を心配しないで生きて欲しい。
仮にそれが起きたとしても、それを知るのは遥か未来になった後で、今そのことについて、あれこれ思い悩むこともない。
そうやって私たちは、今もオリオン座を望むことができるのだから。





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